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HANDSIGN「あげさげ」完全解説|結成20周年に贈るポジティブ新曲の魅力

Author

John Campbell

Published Aug 17, 2026

日本の音楽シーンに、また一つ心を揺さぶる楽曲が生まれた。HANDSIGN(ハンドサイン)が2025年4月9日にリリースした「あげさげ」は、単なるポップソングの枠を軽々と超えていく。踊れるビート、前向きな歌詞、そして彼らの代名詞でもある手話パフォーマンス。三つの要素が絡み合い、聴く者の気持ちをじわりと押し上げる。

HANDSIGNの「あげさげ」ミュージックビデオのイメージ

HANDSIGNとは何者か——手話とダンスが交差する場所

HANDSIGN(ハンドサイン)は、日本の音楽ユニットで、ダンスや手話でパフォーマンスを行う。日本で初めてストリートダンスに手話を取り入れた第一人者であり、メンバーはTATSUとSHINGOの2名だ。その出発点は、意外にもひとつのテレビドラマだった。

結成のきっかけはTATSUが2004年に放送されたTBS系ドラマ「オレンジデイズ」で、劇中で使われた手話に興味を持ち、幼馴染のSHINGOに声をかけたことから始まる。2人で書店で手話の本を購入し、独学で勉強したという。そんな草の根の出発点から、彼らは日本を代表する手話パフォーマーへと成長した。

2009〜10年には、マイケル・ジャクソンやスティービー・ワンダーなどを輩出したエンターテインメントの登竜門といわれるNYアポロシアターのコンテスト「アマチュアナイト」で優勝を重ねて帰国。アーティスト活動以外に全国各地の小中高・ろう学校、そしてカンボジアやフィリピンなど貧困地域を訪問し、手話とダンスで支援活動を積極的に行っている。

実話を基に制作された楽曲『僕が君の耳になる』が話題を呼び、YouTubeの再生回数は1,300万回を突破。映画化もされた。こうした軌跡が示す通り、HANDSIGNはエンタメの文脈だけでなく、社会的なメッセージを音楽に乗せ続けてきたグループだ。

「あげさげ」誕生の背景——結成20周年が生んだ新章

結成20周年を迎えるHANDSIGNが、2年ぶりとなるニューアルバム『パラダイス』をリリース。リードシングル「パラダイス」「あげさげ」は、いずれも音楽プロデューサーMATZがプロデュースを手掛けた楽曲だ。節目の年にふさわしい、力強い一手といえる。

「あげさげ」は、バブル時代の懐かしさと現代の新しさが融合したナンバー。ポジティブな歌詞を軽快なダンスビートに乗せ、みんなで踊って楽しめる楽曲となっている。懐かしさと新しさが共存するサウンドは、幅広い世代を巻き込む力を持っている。

楽曲には「人生は上がったり下がったりだからこそ楽しいし、かけがえのないもの。そして生まれて育って平坦な人生は一つもない。良いことも悪いこともあって、だからこそ幸せを感じられる」という想いが込められている。タイトルの「あげさげ」は、まさにそのメッセージを一言で体現した言葉だ。

HANDSIGNの手話ダンスパフォーマンスのイメージ

楽曲の音楽的な構造——BPM131が生み出すグルーヴ

「あげさげ」はBPM131という数値が示すように、力強いリズムと密度の高い編成が特徴のエネルギッシュな楽曲だ。このテンポ感は、ダンスナンバーとしての機能性とポップスとしての聴きやすさを両立させている。

作詞はBBY NABEとHANDSIGNが担当し、作曲はMATZとBBY NABEが手掛けた。プロデューサーMATZの名前はHANDSIGNの楽曲群の中でも信頼の証として機能しており、今作でもそのクオリティは揺るぎない。

テンポの良いビートは踊るための設計がされている一方で、歌詞の言葉選びは非常に丁寧だ。「山があって谷がある」という表現が示すように、人生のアップダウンを否定するのではなく、そこに意味を見出す。ネガティブな経験さえも肯定していく姿勢は、今の時代のリスナーに確実に刺さる。

アルバム『パラダイス』の中での位置づけ

アルバム『パラダイス』には、ライブの定番曲「僕が君の耳になる〜Greatest Love〜」や、新たにTATSUとSHINGOが手掛けた新曲2曲を含む全8曲が収録されており、彼らの過去・現在・未来を繋ぐ内容に仕上がっている。

結成20周年という時間軸で見れば、「あげさげ」はアルバムの中で非常に象徴的な役割を担っている。ここまでの歩みで経験してきた浮き沈みを、ユーモアと温かさで包み込んだ楽曲。ファンにとっては、HANDSIGNそのものの物語を追体験するような一曲になっている。

「あげさげ」はシングルとして2025年4月9日にFUJIPACIFIC MUSICよりリリースされ、Apple Musicをはじめとする主要なストリーミングサービスで配信された。また、CDの「あげさげ」オンラインサイン会が5月25日(日)にYouTube生配信にて開催されるなど、リリース後も精力的なファンとの交流が続いた。

手話パフォーマンスが持つ意味——エンタメを超えた包摂の表現

HANDSIGNの楽曲を語る上で、手話パフォーマンスの存在は切り離せない。「あげさげ」も例外ではなく、ダンスと手話が一体となったパフォーマンスが楽曲の魅力を倍増させる。

HANDSIGNは、手話を交えた独自の表現方法でメッセージを届け、音楽とパフォーマンスで全ての人達が楽しめるライブ空間を追求し続けている。「全ての人達が楽しめる」というコンセプトは、聴こえる人も聴こえない人も同じ音楽空間に立てる可能性を示している。

全日本ろうあ連盟公認デフリンピック応援テーマソングの制作をはじめ、一流アーティストへの手話振り付け提供、NHK Eテレ「みんなの手話」コーナーへのレギュラー出演など、その活動の幅は純粋な音楽活動にとどまらない。「あげさげ」のリズムに合わせた手話パフォーマンスは、ろうコミュニティへの敬意と連帯の表明でもある。

HANDSIGNアルバム『パラダイス』2025年のイメージ

20周年ツアーとライブ活動——バブリーバブリーバブリー!!!

9月からはアルバム『パラダイス』を引っ提げ、支えてくれた全ての人たちへ20年間の感謝の気持ちを伝えるツアーを開催。名古屋を皮切りに大阪・渋谷・横浜の4都市を巡る。「あげさげ」の軽快なダンスビートは、まさにライブで真価を発揮する曲だ。

HANDSIGN LIVE 2025「バブリーバブリーバブリー!!!」も開催が発表されており、世界で一番手話ダンスが盛り上がる日を目指した1500人バブリー手話ダンス企画も進行中だ。バブル時代へのオマージュとしての「あげさげ」のビジョンが、ライブという場でどう展開されるか。ファンにとっては見逃せないイベントだ。

2022年には日本初となるメジャーアーティストが出演する全てのエンタメに手話をつけて届ける「手話フェス」を主催するなど、ライブやイベントを通じて手話の文化的な広がりを生み出してきたHANDSIGN。そのフラッグシップとしての存在感は、2025年の今も衰えていない。

なぜ「あげさげ」は今の時代にはまるのか

現代社会はやたらと「ポジティブシンキング」を強要する。失敗は許されず、常に上向きでいることが美徳とされる雰囲気がある。しかしHANDSIGNの「あげさげ」が伝えるのは、もっと柔軟なメッセージだ。

上がることだけが正解じゃない。下がることがあるから、上がったときの喜びが生まれる。その往復運動こそが、人生の豊かさの正体だ——「あげさげ」はその哲学を、説教くさくなることなく、踊れるダンスビートに乗せてさらっと届ける。そこが圧倒的に賢い。

自然とポジティブな気持ちになれるリズムと、背中を押してくれる歌詞が魅力というMATZの言葉通り、「あげさげ」は聴く者に「頑張れ」と叫ばない。ただリズムに乗って体を揺らすうちに、気づけば前を向いている。そういう設計になっている。

ディスコグラフィーの流れから見る「あげさげ」の意義

HANDSIGNはこれまで、感動的な実話ベースの楽曲を多く手掛けてきた。「僕が君の耳になる」に代表されるように、聴いて泣ける、心が揺れる楽曲群がファン層の根幹を形成している。その文脈で考えると、「あげさげ」は新しい一面を鮮明に示している。

泣かせるのではなく、踊らせる。感動の涙ではなく、笑顔で体を動かす体験を提供する。「あげさげ」はシングルとして2025年にリリースされ、アルバム『パラダイス』にも収録された。このアルバムがHANDSIGNの過去・現在・未来を繋ぐ構成になっている以上、「あげさげ」は彼らの「現在」を最もカラフルに映し出す一曲といえる。

国内のダンスコンテストで優勝を重ねてはいたが、その先の可能性に行き詰まっていた時期にアポロシアターへの挑戦を決断したHANDSIGN。その経験が「あげさげ」の哲学——下がることを恐れない姿勢——に重なって見えるのは、偶然ではないだろう。

「あげさげ」を聴くべき理由——結論に代えて

「あげさげ」は、2025年の日本のポップミュージックシーンにおいて、際立って誠実な楽曲だ。バブルの空気感を現代のビートで蘇らせながら、人生の凸凹を肯定するメッセージを手話パフォーマンスとともに届ける。それはHANDSIGNにしかできない表現だ。

20年という歳月が積み重なった先に生まれた楽曲だからこそ、その言葉の一つひとつに重みがある。長く活動を続けてきたアーティストだけが持てる説得力がある。「あげさげあっての幸せが生まれてくる」というフレーズは、今この瞬間に何かで悩んでいる人の胸に、静かに、しかし確実に届く言葉だ。

HANDSIGNの「あげさげ」——まだ聴いていないなら、今夜が始め時だ。体を揺らして、気づいたら笑っている。それだけで十分すぎる理由になる。